2017年08月29日

#23 児島一裕さん

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(こじま・かずひろ)
1956年兵庫県生まれ。小学校5年生で登校拒否になり、1966年から小学校卒業までの1年10カ月、大阪市立児童院(情緒障害児短期治療施設)に入所していた。大学時代にアメリカに留学、その後、日本語学校の教員を1年間勤める。アメリカ各地のフリースクールをまわり、1985年、兵庫県高砂市でフリースクール地球学校を設立。1999年に地球学校を閉じて、現在は、GHBセンター(グローバル・ヒューマン・ブリッジ・センター)代表、000グローバルビジョン代表、地球大学(NPO法人000 PAF GLOBAL UNIVER-CITY)プロジェクト会員など。愛称はうーたん。

インタビュー日時:2017 年5 月21 日
聞き手:山下耕平、山田潤
場 所:飲食店(大阪府堺市)
写真撮影:山下耕平

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〈テキスト本文〉

山下 児島さんにお話をうかがうのは、このプロジェクトのインタビューで2回目になります。大阪市立児童院(情緒障害児短期治療施設)で生活指導員をされていた竹渕陽三さんにコンタクトをとった際、偶然にも、児島さんに行き当たったのでした。児島さんは50年ほど前に児童院に入所されていた経験があって、いまも竹渕さんを囲んで、当時の入所者で集まっておられるということでした。竹渕さんへのインタビューでは、ご本人だけではなく、児島さん含む当時の入所者4名の方にお話をうかがうことができ、貴重な証言をいただいたと思います(#18竹渕陽三さんと竹の子会のみなさん参照)。今回は、あらためて、情短施設での経験だけではなく、フリースクール地球学校を始められた経緯など、いろいろお話をうかがえればと思っています。

児島 ほんとうに、偶然でしたね。児童院での経験は、自分にとって原点となる経験でしたので、いい機会だったと思います。つづきを読む
posted by 不登校新聞社 at 15:49| Comment(0) | 居場所・フリースクール関係