2018年04月06日

#37 古山明男さん

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(ふるやま・あきお)
1949年千葉県生まれ。京都大学理学部卒業。出版社勤務を経て、私塾・フリースクールを開き、学習支援と不登校の子どもとの交流に関わってきた。教育の多様性を推進する会(通称おるたネット)の代表であり、オルタナティブ教育の啓発普及のための情報発信およびそのネットワークづくりにつとめている。著書に『変えよう!日本の学校システム――教育に競争はいらない』(平凡社2006)、『ベーシック・インカムのある暮らし』(平凡社2015)がある。

インタビュー日時:2018年2月9日
聞き手:加藤敦也、佐藤信一
場 所:古山塾(千葉市)
まとめ:加藤敦也
写真撮影:佐藤信一

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〈テキスト本文〉

●不登校と関わるきっかけ

古山 私と不登校との関わりは、88〜89年ごろからなんですね。

加藤 それは、どうしてだったんでしょう。

古山 ボランティアで不登校の子どもたちに勉強を教える場があって、そこで先生をやらないかという話が来たんです。

加藤 千葉市でのことですか。

古山 そうです。うちの近くで、中学生から高校生の不登校の子どもたちが来ていました。僕はそのころ専門学校の講師をしていたんですが、暇はたくさんあったので、「高校生まで全科目教えますよ」と言ってね。
 私自身、会社勤めしてたとき、会社に不適応だったんですね(笑)。ですから、「この人たちも、あのときの僕の気分でいるんだろうな」って、あたりをつけて、「自分がされたくなかったことはすまい、されたかったことをしよう」と思って接していたんです。そうしたら、それがストライクでね。たくさんの子どもたちがなついてくれました。何がストライクだったかというと、「きみはこうするといいよ」というようなことを、いっさい言わないということだったんです。それと、何気ない関係をつくることです。
 会社勤めしてたときは、いつ辞めようかと考えながら勤めてたんですが、親切な人が「君、このままじゃもったいないから、がんばろうよ」って言ってくるわけ。もちろん、いい人だったんだけど、「くそったれ。俺は辞めるかどうか考えてんのに、あんたまで、がんばれって言うのかよ」と思ってね。親切なアドバイスのつもりでも、それがいかに人を傷つけるか、感覚でわかっていたんだと思います。

加藤 さしつかえなければ、会社はどこだったのしょう。もしくは職種でもよいのですが。

古山 平凡社という出版社です。

加藤 じゃあ、編集のお仕事ですか。

古山 ええ。でも、勤め始めた動機が不純だったんです。つまりは周囲の期待に応えて、いい会社に入っただけ、という感じでね。大学は理学部なんですけど、まともに勉強してなくて、エンジニアとしては食ってけなくてね。でも、やたら本は読んでるから、出版社なら何とかなるかなと思って受けたら、採用されちゃったんです。
 出版社も会社組織で、自分は編集者をしているけど、その下には印刷や製本の人たちがたくさん働いていて、その人たちの苦労の上に成り立っているわけですね。自分も日本資本主義の尖兵じゃないかと思いました。当時は、資本主義批判の価値観が広がっていました。それと自分の社会観があって、いまは身分のない社会のはずなのに、目上とか目下とかおかしいじゃないかってね。そういう社会観に生きていたものですから、僕は中学、高校、大学と、部活には入らなかったんです。先輩・後輩の関係があるから。でも、会社にも先輩・後輩があるじゃない。それをいっさい無視して敬語を使わなかったので、総スカンをくらいました。

加藤 ああ、なるほど(笑)。

古山 不適応の一番の原因はそれかな(笑)。あちらから見れば、ぜんぜん社会的訓練ができていないヤツでした。


●私塾とフリースクールを並行

加藤 古山さんは、小学生時代、実質的にはホームスクーラー(*1)だったとおっしゃってますが、それは学校の勉強はしてなかったみたいな感じですか。

古山 してませんでした。学校の門を一歩出たら、「勉強」はいっさいお断りで、好きなことをやっていました。虫をいじったり、自転車あちこち乗りまわしたり、ラジオを分解したり。心までは学校に売りわたすものかと、子どもながらに思っていました。

加藤 千葉の街中ですけど、昔は虫とかも、けっこういたんですか。

古山 僕が小学生のころは、まだキャベツ畑や松林がたくさんありましてね。モンシロチョウがいっぱい飛んでたりして、そういう時代でした。
 これは不登校というより勉強論なんですけどね、勉強は敵だと思ってたんです。絶対に内面には入れさせない。それで、自分のおもしろいと思ったことだけをやる。そうしたら、ずば抜けて成績がよかったんですよ。みんな「古山はよっぽど勉強してるんだ」と言ってましたけど、とんでもない。自分の納得を壊されなければ、子どもはすごい力を持っているんです。勉強してたら、かえって成績はよくなかったと思いますね。実際、高校に行ってからプレッシャーに負けて、少しは勉強するようになったら、まあ上位ではあるけどっていう程度になっちゃった。

加藤 成績は気にしてなかったんですね。

古山 ぜんぜん。でも、親も教師も親戚も成績しか見てない。「こいつはトーダイに入りそうだ」という発想しか浮かばないんです。私の興味関心を直接に応援してくれる大人は、誰も現れなかった。それで、だんだんポシャッちゃった。

加藤 ちなみに、古山さんの親御さんのご職業は?

古山 父は下級公務員です。警察の鑑識課庶務係で、いわば物品調達係です。母は専業主婦でした。両親とも、勉強にはまったく干渉しなかったですね。ただ、息子がいい成績をとってくると、うれしそうにしていたのね。それには反抗できないの。もし勉強にあれこれ干渉されていたら、「うるさい!」とか言って暴れることもできたと思うんだけど、ただ、うれしがってるだけだったんだよね。それで、結局は点数の価値観にけっこうからめとられて、勉強しなきゃいけないのと遊びたいので、葛藤はすごくあったんです。それで、その後、私塾やフリースクールをやるようになって、ほんとうの学びの場をつくりたいという気持ちになったんだと思います。点数のことを、良かろうが悪かろうが、いっさい言わない、という方針でした。

加藤 88年ごろからボランティアで不登校の子どもと接し始めたということでしたが、私塾を始められたのはいつごろなんでしょう。

古山 同じころです。

加藤 同じころですか。というと、88〜89年くらいですか?

古山 89年ごろですね。中学時代の同級生の娘が小学2年生で、算数がわからないって言うから「じゃあおいで」っていうことで、ちょっと勉強をみたんですね。そうしたら急にできるようになって、それだけじゃなくて性格も明るくなったって言うのね。それで、同級生の奥さんが「うちの子が古山さんのところに行ったら、よかったのよ」って、歩く広告塔みたいになってくれたので、口コミで、お友だちがお友だちを呼び込んで、30〜50人近くになったんです。

加藤 古山さんの塾に通う子たちが。

古山 ええ。でも、この部屋ですから(8畳ほどのスペース)、いっぺんに5〜6人しか入らないでしょう。時間を分けて来てもらっていました。それで、もっぱら遊んでたんです。

加藤 遊んでた(笑)。塾っていうと、一般的にはテスト対策だとか入試対策を思い浮かべますけど、そういう、いわゆる進学塾的では……。

古山 なかったですね。「そういうところは市進とか京葉学院(*2)とか、いっぱいあるから、どうぞほかに行ってください。うちは子どものやりたがることを最優先させる方針なんで」と言ってね。でも、子どもが成績をほしがる場合があるんですよね。そういうときには、基本的にはつきあってました。

佐藤 子どもが求めれば、それにつきあう。

古山 そうです。ただ、ほんとうに子どもが求めているかっていうと、たいていは定期試験のプレッシャーのためです。点数はほしいけれど、勉強したいわけではない。その葛藤をわかってあげて、柔軟に対応するのが仕事でした。

加藤 フリースクールは、あとから始めたんですか。

古山 塾と並行していました。相談を持ち込んでくるのは親たちが多かったんだけど、「学校に行かなくなっちゃったけど、どうしよう」「いちおう行ってはいるんだけど何にも吸収してない、人間関係もできてない」とか、そういう子どもたちもみてたんですね。

加藤 そうすると、実際に学校に行ってない子も、行ってるんだけど行きづらいなって悩んでいる子も来ていたということですか。

古山 そうです。学校で適応できない、あるいは人間関係を築くことが苦手な子たちもみてましてね。でも、これは教え込んだり、アドバイスしたりして何とかなるものではないですね。むしろ、この子たちが安心できる居場所づくりをしていたんです。

加藤 でも、算数塾として始まったということなんですよね。

古山 もともと小学校2年生の子の算数をみることから始めた算数塾の系列と、不登校の系列のフリースクールと、ふたつの系列がありました。

加藤 そこから誰でも高校まで通えるようにしたということですか。

古山 とくに年齢制限はしてなかったので、高校生も来てましたし、大学生も来てました。そういうなかで、どの学校に行くかではなく、その子がどう学ぶかだという教育観を固めました。

加藤 学校に行ってない子が、算数塾に来ることはあったんですか?

古山 来る子もいました。ある程度元気になった子には、いっしょにやろうねと言ってました。だけど、学校に行かなくなっちゃった子は、家から出るだけでやっとこさなんですよね。フリースクールに通ってくる子たちというのは、そうとうに元気になった子どもたちなんですけど、学校の友だち関係そのままの場に入り込むのは難しいことが多かったです。もっと人数の多い場なら、なんとかなったかもしれないけど。

加藤 いろいろなパターンがあると思うんですけど、どういう指導をされていたんでしょう。大検とかになるんでしょうか。

古山 大検を取らせるケースが多かったです。何をしてもいいよというフリースクールではあったんですが、ほかのフリースクールに比べれば、お勉強色が強かったですね。

加藤 時間で区切っていたということですけど、ひとりあたりどのくらいの時間だったんでしょう。

古山 フリースクールのほうは週3回午後だけです。私塾のほうは5〜6人ずつ、週1回2時間ずつです。
 僕は、子どもたちが誰に言われるわけでもないのにやりたがることに、もっとも大事なものが含まれてると思ってるんです。そのなかに、それぞれの子どもたちの天職につながるようなものが含まれていて、そこに意識的に接してやらないと、埋もれちゃったままで、点数だけの世界に入っちゃうんですよね。ですから、子どもたちがやりたがることを最優先させてきました。「私は子どもがいやがれば教えません」と了解をとって、よろしいという人たちばかり来てたんです。ですからまあ、遊びまくった、遊びまくった(笑)。

加藤 一般的な塾だと、教材を買いそろえてたりしますが、そういうことは。

古山 ありません。市販教材は使いません。

加藤 それはめずらしいですよね。僕も親が塾をしていたので、よくドリルみたいなのがあったんですけど、そういうのはやらなかったんですか。

古山 自作教材中心でした。必要なときは、むしろ教科書を使ってましたね。

加藤 教科書をベースにして。

古山 ベースでもないんだけど、子どもらが必要だと言って持ってくるから対応してただけです。

加藤 それはいいですよね。いいですよねっていうか、そんなにこう……。

古山 算数の教え方の研究はしていたので、自分で開発した教え方中心でした。


●「点数価値観」に染まる子ども

加藤 88〜89年ごろに塾を始められたということは、通っていた子どもたちは、いわゆる団塊ジュニアで、ものすごい受験競争が激しい状況のなか、ものすごい勉強して、いい高校に行くのが至上命令だみたいな価値観があったと思います。そういう雰囲気については、どういうふうに考えておられましたか。

古山 まず、小学生については、そういう価値観ではない人たちが集まってきていたので比較的楽でした。ただ、中学生になると、子どもたちが点数に染まってくんですよ。親御さんたちは点数価値観ではないんですけど、やっぱり、学校の雰囲気もありますし、とくに友だちの影響ですよね。小学生のうちは、うちの塾に来ると、カバンをポーンと放り出して「外行こう」って遊びに行くでしょう。でも中学生になると、カバンをポンと置いて、へなへなーっと座り込んで、「はー、勉強しなきゃ。来週試験が」ってね。
 本人が勉強したいなら、つきあう。でも、実際に勉強につきあいだすと、やる気がないのね。やらなきゃならないと思っている。だから、教えていても、入りが悪い。それだったら思いっきり遊んだほうがよっぽどいいよって思うんだけど、「やらなくてもいいよ」って言うのも、そういう子どもたちにとってはかわいそうなんですね。だから、そこにつきあっていましたが、ざるで水をすくうような感じでした。
 学校に行ってる子どもたちには、いつの時代も、そういうプレッシャーはずっとありますよね。昔も今も、やっぱり高校進学があるからね。


●オルタナティブ教育

加藤 古山さんは、いまは「おるたネット」の代表をなさっていて、『変えよう!日本の学校システム』(平凡社2006)という本も書かれていますが、オルタナティブ教育(*3)などに関心を持って探求され始めたのはいつごろからですか?

古山 1990年前後です。1990年にソ連が崩壊したとき、次は日本の学校教育体制の崩壊だと思っていました。どちらも、それが現実だからという理由だけで続いてきたわけですが、まさか2010年代末になっても続いているとは思ってなかったです(笑)。

加藤 そこまでですか。

古山 だって、ほんとうにすばらしいと思ってやってる人、どれだけいるんですか。

加藤 学校教育を。

古山 そうです。休むとたいへんだ、成績悪いとたいへんだ、卒業できないとたいへんだ、それだけでしょう。でも、これいいよってものが現れれば、学校教育なんてパッと崩れるに決まってると思ってたんですけど、崩れないですね。しぶといね。僕は、最初からフリースクールタイプあるいはサドベリータイプがあることは知っていましたから、そのタイプで行こうと思っていました。

加藤 もともと、ご存知だったわけですね。

古山 はい。それと、ルドルフ・シュタイナー(*4)に興味があって、シュタイナー教育の本はよく読んでいました。ホームスクール関係の本もたくさん読みましたね。本で読んだだけですけど、90年代には、オルタナティブ教育のことはいっぱい勉強してたんですね。

佐藤 塾やフリースクールの運営と並行しながら、そういったことも本を通して勉強されていたんですね。

古山 逆に、本でわかることと実際にやることとのあいだに、どれだけギャップができるかということも体験させられました。

加藤 おるたネットは、どういう経緯で始められたんですか。

古山 前身に「教育の多様性の会」という会があったんです。それが2001年に始まって、そのころは、ちょうど教育特区(*5)を使ってオルタナティブ教育をやろうという機運がそうとうあったんですね。そのとき、私塾をやりながら、教育の歴史や国際比較をずいぶん研究してたものですから、その会と関わったんです。ただ、運動がどんどん突っ走るものですから、その点はこの国際条約にもとづいて考えてほしいとか、歴史的経緯はこうなんですとか、そういう情報を提供していたんです。
 この会の実質的リーダーだった小貫大輔さん(*6)は、いまはブラジル学校を専門にやっているけど、あのときはシュタイナー学校をとりまとめていたんですよね。それと、理論面とかいろんな話題提供をしていたのが、僕とリヒテルズ直子さん(*7)でした。それで、特区運動のなかで奥地圭子さんとも会って、それでNPO立の学校を制度的に取りに行ったんです。それが一段落して、この会をどうしようとなって、なくすのももったいないということで、そのメンバーで寄り集まってつくったのが「おるたネット」なんですよ。

加藤 名前を変えたのはいつですか。

古山 今年で10年目に入りますか。ですから2008年のことです。

加藤 活動内容をお話しいただけますでしょうか。

古山 いまの日本教育だけが教育じゃないんだよ、ということを広めることです。最初はオルタナティブ教育の啓蒙活動で、それから、つくろうとする人の支援ということですね。

加藤 つくろうとする人の支援というのは、オルタナティブ教育の学校をつくろうとする人の支援ということですか。

古山 そうです。ひとりひとりの学ぶ権利でまとまろう、と。そのなかでも、オルタナティブ教育の啓蒙活動と、つくろうとする人の支援が中心です。それと、制度的な提言をしようという予定でした。

加藤 予定でしたというのは?

古山 「多様な学び保障法(*8)」が、フリースクール系とオルタナティブ学校系を包摂できたでしょう。だから、あのなかでいっしょにやろうってことになりました。

加藤 多様な学び保障法を実現する会ができたのは、2010年でしたかね。

佐藤 2009年にJDEC(*9)で政策提言をして、その直後でしたから、2010年ぐらいでしたね。


●多様な学び保障法

加藤 多様な学び保障法の話が出ましたが、一番最初の主旨は、現状とは別の提案をされていたわけですね。その経緯というか、法案の本来の目的について、お話しいただけますでしょうか。

古山 教育機会確保法のもとになった多様な学び保障法は、完璧に教育選択権を与えよという話だったんです。でも、フリースクールやオルタナティブ学校を運営する方たちは、実際の子どもたちがいるので、現実的に対処する方が多い。完璧でなくても、どうやって、あと1メートル進めるかという感覚がありました。

加藤 その1メートルというのは、いまの法律に関してですか?

古山 いまの法律は1歩くらい取ったかな。その1歩が、決定的なブレークスルーなのか、お茶を濁されただけなのかは、これから何をするか次第でしょう。

加藤 (笑)ご著書は興味深く読んだんですが、もっとも重要なのは、学校をつくる自由と選ぶ自由、つまりは私教育の自由を保障するということだと思うんですが、そこと先ほどの教育選択権がほしいという話は、どういうふうにつながるんでしょうか。

古山 もともとは、不登校問題なんです。だって、学校に行けなくなったら、ほかの教育を手配するしかないでしょう。なんでそうならないのっていう単純な話です。それで外国の事例を調べたら、不登校でこんなに困っているのって、日本だけじゃないですか。不登校の解決は、それぞれの子どもに合った教育が生まれることでできる。これが根本的な解決であって、子どもを学校に適応させるというのも、いまの学校がよくなるというのも、行きづまっているところを、ウンウン言って押してるだけじゃないですか。
 リヒテルズ直子さんがオランダの歴史的な経過を伝えてくれているように、オランダでも、教育の自由は100年かけて勝ちとったということですよね。その根本にあるのは、自分たちの学校をつくる自由ですね。いまの学校選択制は、マクドナルドになさいますか、モスバーガーになさいますかみたいな話じゃないですか。

加藤 まあ、そうですね。教育選択権というのは、自分たちの学校をつくる自由でもあると。

古山 子どもの権利条約はすごくスポットライトを浴びましたが、子どもの権利なもので、親の教育選択の自由には光が当たってないんです。子どもの意見表明の尊重は当然のことですが、親にも立場をちゃんと与えないといけない。その論拠は、国際人権規約にあるんです。ここには親の教育選択権が入ってるんですよ。親に教育選択の自由があるというのは、世界的には常識です。

加藤 それは『教育機会確保法の誕生』(フリースクール全国ネットワーク、多様な学び保障法を実現する会編/東京シューレ出版2017)にも書かれていましたよね。親の教育選択権というのは、社会権だと。

古山 社会権規約(*10)です。不登校の場合でも、子どもを学校にもどすのではなくて、その子に合った教育をつくるんだという話をしてきました。というより、根本的な問題として「教育」から「学び」へ転換しなきゃいけない。

加藤 そうですよね。オルタナティブ教育の発展の歴史を見ると、まさに親の教育選択の自由から成り立っているわけですね。学校を自分たちでつくるところから始まっている。アメリカのホームスクールにしても、信仰上の理由から選択する保護者も多い。教育機会確保法をめぐる議論のなかでも、親の教育選択の自由の話は、あまりされていないですよね。

古山 そこを突っ込んでたのが西原博史さん(*11)なんですよね。あの人はそれがご専門だった。でも、今年、交通事故で亡くなってしまった。

加藤 つらい話でしたね……。西原さんのお考えについて解説いただきたいのですが。

古山 西原さんは憲法学者で、もともと思想良心の自由を徹底的に研究していた人なんです。いまの社会で、ほんとうの意味で思想良心の自由を確保しようとしたら、親に教育権がないといけない。それは先進国では当然のことになっていると。いくら思想良心の自由と言ったって、学校に行っている段階で、ガンバリズムしかなくて、それで点数を取ることが正しいってやられてたら、思想良心が育つ基盤がありません。自分の感受性で、これがいいか、あれが悪いかと判断する力が育ちません。それで、このような日本ができているわけです(笑)。

加藤 西原さんのご著書では、『子どもは好きに育てていい』(日本放送出版協会2008)という本と、『良心の自由と子どもたち』(岩波新書2006)は、まさに思想良心の自由をタイトルにも掲げていますし、その2冊で言われていると思いますが、親の教育権、教育選択の自由という話は、ふだんはなかなか聞かないですよね。

古山 ええ、日本では押さえつけられました。でも、親の教育選択権は基本的人権のひとつです。


●ひとりひとりに合った教育とは?

加藤 『変えよう日本の学校システム』を読んでいて、おもしろいエピソードがありました。学校に行ってるんだけど、この子は最初から学校じゃなければ、もっとうまくいくと。つまり、最初からオルタナティブ教育、シュタイナー教育のほうが合っている子がいるという事例を紹介されていましたね。

古山 そういう子には、いっぱい出会いました。幼稚園では、モンテッソーリ(*12)とかシュタイナーとか、いろいろ選べるのに、なんで小学校は選べないんですかって話ですよね。いま、小学校を選ばせてくれっていうニーズはかなりあります。宿題やる習慣をつけて、いい成績をとるのが、いい教育なんだって思う人だけではないんです。オルタナティブの幼児教育で育ってきた子は、そのまま小学校時代も、そういう教育でいきたいですよね。

加藤 『変えよう!日本の学校システム』70ページに、小学校の子どもを持つお母さんから相談があったと書いてますね。

古山 その子は、シュタイナー教育が合ってただろうなと思うんです。なんか、きれいなものにすごい感受性を持っているのね。どんなものにも、感覚でじっくりひたりこんでいく。だから、学校のように、パッ、パッ、パッって切り替えられると、ついていけないんですよ。

加藤 学校の教科だと、時間が切り替わって、ほかの教科になってしまう。それは学校のペースの問題で、その子に合ったペースではないと書かれてますね。

古山 そういうお子さんは、けっこういましてね。たとえば、いま私たちが援助している子で、ホームスクーリングをしている女の子がいます。その子とは小学校2年生ごろに知り合ったんですが、最初から学校に行ってなかったんです。学校に行って2〜3日で、泣き暮らすようになっちゃって、ぜんぜん行かなくなった。父親は何とか行かせようとしたんだけど、それでも行かない。それで、その子に会ったら、学校のペースとぜんぜんちがう子なんです。ちょっと算数をさせてみたんですが、できないんです。

加藤 できない。

古山 知性のタイプが、ぜんぜんちがうんです。その子にかぎらず、そういう感じの子どもたちはいるんです。たとえば(スナック菓子の袋にある「メキシカンチップ」という文字を見せながら)、「これは『メ』、これは『キ』、これは『シ』、『メキシ』、そうだね、合ってるね」と、記号の定義から入ってポンポンポンと行ける子たちがいます。一方で、そんなことをされると、いったい何のためにそんなことやってるんだろうなって、もやーってするだけの子もいる。そういう子は、学校で教えられることも、なんとか自分のなかで位置づけようとするんだけど、もやーっとしたまま毎日が過ぎていく。そこに、これくらいがんばればわかるよってプレッシャーをかけられると、意識がポーンとふっとんじゃう。できれば中学の前半くらいまでは、いわゆる点数教育、詰め込み教育をやらせないでやると、そういう子も育つんですよ。

加藤 え、中1まで点数教育をやらないと。

古山 中2くらい、14歳まで。

加藤 それはどうしてでしょう。

古山 14歳の反抗期、あそこが大事で、そこから大人と同じような知性になっていきます。

加藤 そうか……。でも、点数教育というのは、日本の学校教育の歴史が始まってから、ずっと変わらないというか。

古山 そう、そう。でも、ずっとと言っても200年も経ってない(笑)。
 僕は点数がほしい子どもも相手にしています。本人がほしいっていうなら、つきあう。点数がほしいなら、できないことを一つひとつわかっていかないといけない。でも、テストで50点とか60点とかつけられて、できなかったところを一つひとつわかろうとしますか。中学だと、テストの採点が返ってくるのは、その日のうちじゃないですよね。早くても2〜3日経ってからになる。それで、まちがったところを直しなさいと言われてもね。ほんとうの意味で、子どもが直せるのはやった直後です。やった気分でいるときに、「ここはちょっとまずいところがある」と指摘して、うまくかみ合うと、うまくいく。時間が経つと、何点取ったかしか意味を持たなくなっちゃうんです。だから、ほんとうの意味で子どもが食らいつくのは、かならず一問一答のクイズ形式です。
 最近、よくできていると思うのは「花まる学習会」(学習塾チェーンの名前)で、ぜんぶ一問一答なんです。その場で答えてピンポーンあたりとか、×だったら、その場で考えて、どこがまずかったのかをみる。まずかったときに、その場で、直接こうやるんだとわかる。
 たとえば、ここ(天秤に似たような傾斜のある台の作り物)にビー玉を入れるとしますよね。(ビー玉が乗っかって)、こうすれば、うまくいく。もし、まずかったら、その場で考えて修正して、その場で結果が出る。これがおもしろいんですよ。
 実はコンピューターゲームは、ぜんぶそういうふうにできています。あそこでボスに倒されちゃったら、今度は武器をそろえて攻撃に行くとか、戦術を練っておくとか、すかさず反省し、作戦を練り、次を試す。そこに意味があるんですね。時間が経っちゃったら、何を反省すんの。
 学校のテストで、いっぺんに○をつけて、いっぺんに×をつけてというやり方では、点数しか残んないんですよ。それがまちがっていると思うわけです。いまの学校教育は、できた、できないにこだわりすぎます。
 僕は壮大な夢を持っていまして、算数の体系を、ぜんぶつくり直したいんです。

加藤 (笑)おもしろいですね。

古山 まず足し算を完ぺきにして、次に引き算を完ぺきにして、というタイプの訓練はつまんないし、落ちこぼれをいっぱい出します。大人から見ると、「なんでこんな簡単な足し算でつまずくんだよ」とか「なんで何回言っても同じことができないんだよ」って言いたくなるんですよ。ああいう学校でやってる知性のタイプに合う子はいますけど、全員に合ってるわけじゃない。
 僕がやるとしたら、手を動かして数えることから始めますね。いまだったらパソコンのマウスでも、できるはずです。たとえば、画面上の果物をひろって、バスケットに入れるようなことです。言葉はできるだけ使わないほうがいい。
 いきなり数という概念を前提にして、記号にあてはめていくと、具体性に落とすことができなくなっていくでしょう。基本はやっぱり操作感覚なんですよね。だから、まずは数えること、それから数量で表すことです。
 それと掛け算は、やっぱり面積から入りたいですね。このあいだ、すごい人と出会ってね。その人、勝手に数学を基礎から研究できる人工知能をつくっているんです。グラフ理論というのを使って、そもそも自然数とは何かから入っているんですが、彼の説明によると、自然数の基礎知識に3とか5とか記号をつけたり呼び名をつけたりする必然性はないそうです。僕もそう思っていて、記号や言葉を使わない数学をつくろうかって、本気で考えているのね。それで微分積分まで行っちゃうとかね。小学校のドリルなんて、つまんないじゃないですか。知性に対して暴力的ですよ。あの年齢では、感受性全体のなかに知性が埋め込まれていて、ほわーっと何かを捉えているところに、ガリガリと手を突っ込んで骨だけをこすっているような話でしょう。

加藤 おもしろいですけど、そういうの、よく見かけますよね。いま、中学受験を意識して、小学校1〜2年生くらいから、連立方程式とか、代入とか難しいことをやってたりします。一般的な感覚として、小さいときから、どんどん難しいことをやらせるようになっている。早期教育で、小学校4〜5年生くらいから、どんどん英語教育をやるし、数学についても、どんどん先に難しい内容、中学校・高校で習うようなことを詰め込んでやったほうがいいことになっている。そういうことについてはどうですか?

古山 言葉に関しては、教え方次第だと思います。というのは、どの子も、ひたすら、まわりの大人たちがしゃべっていることを聞いているうちに覚えちゃうわけですよ。一方で算数的なものはね、いきなり抽象度を上げ過ぎてるんですよね。連立方程式は、うまい図式をつくってやれば、低学年でも理解しちゃうかもしれない。だけど、それでは、もやしみたいな知性をつくっちゃうと思います。

加藤 もやしみたいな知性というのは?

古山 ただの答え出し屋です。葉っぱがついてない、緑色してない、ひょろひょろとした知性ですね。だけど、特定の型を見せられれば、反復することはできる。

加藤 ああ、なるほど。ある計算式というか、そういうものを見ないとできないというか、考えられなくなっちゃうということですか。

古山 自分で遊んで、自分でいじり込んでが大事です。


●教育機会確保法について

加藤 まあ、そうですね。『変えよう!日本の学校システム』では、不登校問題というのは、要するに、その子どもに合った教育が提供されない問題なんだと。日本の義務教育制度が一本道しかないことが問題だということが、ご著書のだいたいの骨格というか趣旨になっていたように思います。
 教育機会確保法が制定されたわけですが、そのあたりの意義と言いますか、お考えになっていることがありましたら。

古山 教育機会確保法は、学校教育を受けていない人たちがいるという現状を追認した法律であると思います。だから最初は、この程度かよって、頭に来ていました。不登校問題というのは制度公害ですよ。制度の不備のために、ものすごく苦しむ人間がいっぱい出てきた。自殺者だって、いっぱい出してるわけです。その規模の大きさ、数からいって、水俣病に匹敵すると思っているんです。そこから考えると、学校に行けなかった子に、無条件に何でもいい、許す、それしかないだろうと思います。ところが、不登校の現実を知らない方たちは、子どもががんばればいい、学校がよくなればいいと考えるわけですよね。

加藤 ちょっと待ってくださいね(笑)。不登校の現実を知らない人たちというのは、あえてちょっと踏み込みますが、まずは保守的な人がいますよね。不登校はけしからんというところで反対する人ですね。それから、子どもを理解してあげようという立場の人で、リベラルと言えばリベラルなんだけど、要するに学校の競争的な環境を直すのが先で、選択権の話よりも先に学校教育の体制を直すべきだという、強固な反対論というか、そういう意見があったと思います。そのあたりについてのご意見はいかがでしょう。

古山 実際に学校に行けなくなっている子たちに接してごらんなさいよ。それで何とかなるくらいなら、とっくに何とかなってますよ。

加藤 接してみると。

古山 そうです。あんたたち、学校で何とかできるというなら、自分でやってみな、うまくいったら、あんたの言うことを聞いてやるからって思います。

加藤 自分でやってみなって言うのは、自分で教育の実践をするということですか。

古山 ええ。学校に来てガタガタ震えてる子、校門にしがみついて動けない子。学校をよくするのでも、子どもに働きかけるのでもいいですから、この子を学校に来れるように、あんた、やってごらんなさい、やれるようだったら、言うことを聞いてあげますよって思います。
 不登校について3つ、考え方があります。1番目は、なんとか子どもにがんばらせて学校に来れるようにしようという考え方。2番目は、学校のほうをよくしようという考え方。3番目は、もう学校外に教育をつくりだすしかないという考え方。世の中の主流は1番目だったんです。それが2番に動いたというのが教育機会確保法だと思います。

加藤 がんばらせようから、学校をよくしようにシフトしているってことですか。

古山 ええ。プラス学校外も認める、というのが織り込まれてきたのが教育機会確保法だと思います。

加藤 そのあたりで、いろいろ、せめぎあいというか。

古山 我々は学校外があって当たり前だろうと思っているんですが、まあ、世の中の流れというのは、ようやく1番目から2番目には来たというところかな。自民党でさえ、もっとも右派の「そんなことをしたら学校を軽んじる子どもが増えてたいへんでしょう」って人たちが、裏でそうとう文句を言っていたらしいですよ(笑)。

加藤 ああ、「不登校を助長する」と言っていたという話ですね。

古山 助長するとか、こんなことでいいのかって、内心では思っていたでしょうけれども、今回の法律の経過では、そういう人たちは主流にはなれなくて、やっぱり2番目と3番目のあいだでのせめぎ合いだったわけです。

加藤 そうですね。たとえば、インターネットを見たときだって、みんなそういうふうに思いますもんね(笑)。パッと表から見たときはね。

古山 私は学校外容認派なのですが、学校外の学びは、いまのところあまり目立たないのがいいと思ってるんです。この法律でよいところは、学校外の学びは適切であればいいぐらいにしか書いてないことですね。そうすれば、お上の規制がかからないんです。
 学校や教育委員会も、この法律ができる前までは、口が裂けても公式にはフリースクールがあるとかホームスクールがあるなんて言えなかった。「個人的にはいいと思うんですけどね」っていう感じだった。ところが法律ができて、堂々と学校外もありますって言えるようになった。これはけっこうデカいんですよ。それから、この法律の一番いいところは、漠然としていて、定義も何もされていないから、何でもできることです。だから、いまは既成事実をつくっちゃいましょうということを言っています。

加藤 なるほど。いまのところ、いろいろな可能性はあるということですね

古山 はい。きちんと定義されちゃうと、許認可問題とか、時数何時間やったかとか、免許を持っている人がいるかとか、いろいろ出てくるじゃないですか。


●個別学習計画について

加藤 成立した教育機会確保法についての評価は、現状を追認したもので、まだまだ不満というか、この程度かってお話でしたが、当初案というのがありましたね。そこには個別学習計画(*13)というものがあって、地方教育委員会の認定というところで懸念が出てましたが、これについてはどうお思いですか。

古山 あれは教育委員会のさじ加減ひとつで、とんでもないものにもなり得るんだけれども、僕は、これで日本の教育は独自の進化をとげることができるぞ、と思っていました。

加藤 その話、ちょっと聞きたいです。

古山 個々の現実のなかから柔軟に教育をつくりだせます。個別学習計画は、防波堤に使えるんですね。個々の家庭で、とにかく学校に合わないんですって言えば、何でもできるようになる。個別の実情に合った、いろんなものができる。
 ほっとくと、学習指導要領をどうするかの話になるでしょう。そうではなくて、個々の実情に応じた教育のなかから、さまざまなものが出てきて、ごちゃごちゃやってるうちに、すぐれたものが生き残るかたちになるだろうと。それは、上からのものじゃまったくないですから。

加藤 そうですね、下からいろいろなものが。

古山 そうそう。

佐藤 それぞれに応じたもの、ということですよね。

古山 そうです。実際には、個別学習計画って、すごく簡単で、「テレビを見ました」でも「マンガを読みました」でもいいような、そういう計画でいこうっていうだけの話ですよね。これが認められて、何とか10年持ちこたえれば、ほんとうに子どもの学びに沿ったものができてくると思いましたね。
 いま、かなりのホームスクーラーの子どもたちとつきあっていまして、そういうことが実際にできています。ある子は、小学生だけど、分子やら原子やら、なんとかの法則やらを理解している。ある子は小学校5年生で学校行かなくなって、障害を疑われてたんだけど、ものすごく賢くて、人生智を持っている。その子は、学校の授業中、何をしてたかというと、瞑想したって言うんです。すっと「空」の世界に入るって。そのような子もいます。ある子はチャカチャカ何かモノをつくって、集まるたびにハーブティーだとか自分で栽培したものを出してくる。
 学校が人間全体の評価をして、あんたはできる、あんたはできないって言うなんて、とんでもないことです。その子その子を見るなかでしか生まれてこない、その人の育ちがあるわけです。それを無視して、何か画一のものさしで評価してるなんてね。7〜8歳のころから、これをクリアしないとダメだよとやっていくのは、ぜんぜん人を育てるものではないよね。だから、達成評価タイプの教育は、少なくとも義務教育年齢では、柱になっちゃいけないと思うんですよね。

加藤 なるほど。個別学習計画制度の評価はおもしろかったです。まだ当初案があったとき、古山さんのなかで、何かシミュレートみたいなことをしていたんですか。

古山 はい、してました。

加藤 それを聞きたいんですけど、公開してもらっていいでしょうか。

古山 かまわないです。これをやると、結局はアメリカのホームスクールみたいになりそうです。アメリカでも、タテマエではずいぶん縛りがあるんですよ。何の教科をやるとかね。でも、結局は立ち入り検査まではやらないというのがアメリカなんです。そうすると、結局は自由です。それと似たかたちになるだろうと思っていました。
 とくに日本の場合は、不登校というところから出発していますから、縛りをかけようとしても、ゆるーい縛りしか、かけようがないと思います。
 いわゆる英才教育的なものが、その子にとっては自然だという、そういうタイプもいます。それから、宗教系と言っていいようなタイプの子どもも、けっこういる感じなんだよね。やたら優しい、やたら共感能力もっている、でも意味を持たないものをずらずらと並べ立てられると、もうダメというタイプもいる。体を動かしてなきゃ生きていられないというタイプもいる。それぞれの子どもたちが、それぞれに合った教育を受けられるようにしないとね。
 そのあたりが、いろいろな伸び方していって、10年経つと、8歳だった子が18歳になる。そうすると、そろそろ見えてきます。やってきたことの意味がわかってくる。国語・算数・理科・社会をできるようにすることが教育であるという、いままでの教育観とは、まったくちがう教育観が生まれてくる。まあ、主流にはなれないだろうけど、無視しようのない流れになるだろうと思います。

加藤 なるほど。最後に付け加えると、お話を聞いていて、たとえば教育機会確保法が現状を追認したもので不満があるだろうということは、ご著書を読んでても思いましたし、学校教育に合わない子どもって、不登校にかぎらず、たくさんいるわけですよね。ですから、この法律は、不登校に限定するのではなく、普遍的な法律にする必要もあるのかと。

古山 はい、その通りです。不登校は表れ方のひとつに過ぎないです。もっと広く、子どもたちの可能性に対応してあげてほしいと思います。いま、多様な学び保障法の運営会議でも、基本的には、そんな感じになっていましてね。これはいいと思っています。

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*1 ホームスクーラー:ホームスクーリングを教育手段としている子どもと親のことを指す。ホームスクーリングとは、学校に通学せずに、家庭を拠点とする教育のこと。イギリスでは、ホームエデュケーションと言い、法律で学校に代わるその他の教育手段として古くから合法化されている。また、アメリカでは親の信仰上の理由や公教育批判の文脈で盛んとなった。とくに後者の公教育批判としては、ジョン・ホルトのホーム・スクーリング運動が有名。なお、ホームスクーリングには定型化された方法論が一般にはなく、親と子の教育方針によりその内容が左右される。その意味で、学力向上を目的とした教育もあれば、子どもの学習に対する内発的動機と主体性を重視する教育もあり、その内容は多様であるといえる。くわしくは、『ホームスクールの時代――学校に行かない選択 アメリカの実践』(マラリー・メイベリーほか著、秦明夫・山田達男監訳/東信堂1997)参照。

*2 市進:市進学院のことを指す。市進学院も京葉学院も千葉県に本拠地を持つ有名な学習塾。

*3 オルタナティブ教育:「既存の教育にとって代わる別の教育」(『オランダの教育』リヒテルズ直子/平凡社 2006、58ページ)を指し、広義には学校教育の代替という意味合いがある。永田佳之はオルタナティブ教育の特徴として、次の4つを挙げている。@公教育への批判的な視座、A成員の親和性、B関心とケアの文化、C子どもやスタッフの高い参画意識。(『オルタナティブ教育――国際比較に見る21世紀の学校づくり』永田佳之/新評論2005、19ページ)。記事で述べられているホームスクールもオルタナティブ教育のひとつである。

*4 ルドルフ・シュタイナー(1865―1925)は、思想家・教育者であり、オルタナティブ教育として有名なシュタイナー教育の創始者である。人智学という神的な霊性の認識を重視する神秘思想に基づき、その反物質主義的な思想傾向から子どもの感性に働きかけるアプローチを重視する教育を提唱した。シュタイナー教育は、既存の学校教育の達成目標のように、教育を単なる知識の獲得ではなく、「意思、感情、思考において調和のとれた人間として成長すること」を目的とし、しばしば「教育芸術」と呼ばれるように、自分の感情を「内発的に」心や体を使って表現するプログラムを組むなど、独特の教育方針で有名である。自然環境との共存を理念ともしている非競争主義的な教育スタイルは、オルタナティブ教育の特徴に大きな影響を与えている。くわしくは横浜シュタイナー学園ホームページhttps://yokohama-steiner.jp/kyoiku/about_steiner/参照。あるいは『子どもの教育 シュタイナーコレクション1』(ルドルフ・シュタイナー、高橋巌訳、筑摩書房2003)参照。

*5 教育特区:小泉政権時代の構造改革特区の一種で、文部科学省関連のもの。たとえば、東京都葛飾区の特区制度を活用した学校法人として、東京シューレ葛飾中学校がある。

*6 小貫大輔(おぬき・だいすけ):東海大学教養学部国際学科教授。専門は国際協力・人間開発、異文化間コミュニケーション。

*7 リヒテルズ直子:教育評論家。比較教育学を専門とし、オランダの教育事情にくわしい。リヒテルズによると、オランダの教育事情の特徴には、「公立小学校と私立小学校間の政府補助金の平等の原則」(『オランダの教育』リヒテルズ直子/平凡社 2006、36ページ)があること、また「理念や方法の自由をそれぞれの学校の権利として認めていること」(同44ページ)などがあるという。つまり、学校の自由裁量の余地が大きく、教育に多様性があるところに特徴があるとしている。付け加えて、教育選択権が市民にあり、オルタナティブ教育も含めて、個別のニーズに応じた多様な教育スタイルが選べる点もその特徴であるとしている。

*8 多様な学び保障法:多様な学び保障法を実現する会が作成した「子どもの多様な学びを保障する法律」の骨子案の略称。法律の目的を記した第1条には「この法律は、子どもが、その個性を尊重され、一人ひとりそれぞれの学習のニーズに応じて、多様な学びの場を選択できるようにし、普通教育の機会の確保と環境を整備し、基本的人権としての子どもの学ぶ権利を保障することを目的とする」とあり、15条の条文から構成されていた。くわしくは、多様な学び保障法を実現する会ホームページ参照。
http://aejapan.org/wp/wp-content/uploads/kossianVer.3_140706.pdf

*9 JDEC:日本フリースクール大会のこと。Japan Democratic Education Conferenceの略。

*10 社会権規約:1966年採択。西原博史は親の教育権の法的根拠となる社会権規約の項目を次のように紹介している。「(社会権規約13条では)3項において父母などが『公の機関によって設置される学校以外の学校であって国によって定められ又は承認される最低限度の教育上の基準に適合するものを児童のために選択する自由』ならびに『自己の信念に従って児童の宗教的及び道徳的教育を確保する自由』を有することを認める。」(『早稲田社会科学総合研究第14巻第1号』「親の教育権と子どもの権利保障」西原博史/早稲田大学社会科学学会2013、67ページ)

*11 西原博史(にしはら・ひろし/1958―2018):憲法学者。元早稲田大学社会科学総合学術院教授。2018年1月22日に交通事故で亡くなった。教育基本法改正の際には国会の場で公述人として改正に反対の意見を述べた。人権論・思想良心の自由を専門としている。子どもの教育に関する著書としては、『良心の自由と子どもたち』(岩波書店2006)、『子どもは好きに育てていい――「親の教育権」入門』(日本放送出版協会2008)などがある。「多様な学び保障法を実現する会」の発起人でもあった。

*12 モンテッソーリ:古山氏は著書のなかで、モンテッソーリ教育について次のように紹介している。「1909年、イタリアの女医マリア・モンテッソーリによって創設された教育。子どもの発達の実証研究に基づき、子どもの自発性を引き出す教育方法と教具・教材を特徴とする。」(『変えよう!日本の学校システム――教育に競争はいらない』古山明男/平凡社2006、78ページ)。

*13 個別学習計画:2015年9月段階にフリースクール議員連盟を中心とした超党派議員立法チームが作成した法律案である「義務教育段階に相当する普通教育の多様な教育機会の確保に関する法律案」第4章にあった条文のこと。支援対象と見られていた子どもについて、保護者が学習計画を地方教育委員会に提出し、認定されれば就学義務の履修と見なすという内容であった。財政支援についても「家庭に対する経済的な支援を行なう」と示されていたが、2016年3月に全面削除となった。
posted by 不登校新聞社 at 17:45| Comment(0) | 居場所・フリースクール関係
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